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世の中の気になるモノやコトに関する雑談


無料で無線 LAN ルーターがもらえる理由は?

au の Wi-Fi トライアルキャンペーンの通知 最近スマートフォンユーザーになったばかりの妻のところに、au から「Wi-Fi トライアルキャンペーン」の通知が届いた。キャンペーンに申し込むと無線 LAN ルーターが送られてくるらしい。それを使ってスマートフォンを Wi-Fi 接続し、アンケートに回答すると、その無線 LAN ルーターを引き続き使用できるとのこと。つまり、無料でもらえるということだ。

 キャンペーンの内容を読むと、無料でもらえる無線 LAN ルーターは Buffalo の Air Station のようである。私がこの前買ったのと同じ製品だ(10/26 日のエントリー「時間ができたら」を参照)。がび~ん。このキャンペーン、あと 1 カ月早くやってくれてたら、買わずに済んだのに・・・・・・。

 でも、au はたかだかアンケートに答えるだけで、なぜ無線 LAN ルーターをくれるんだろうか。BUFFALO の Air Stationは、安いものでも 3,000 円弱はする。決して安いものではない。これを無料で提供することによって、何か別の有償サービスに誘導するつもりなんだろうか。このキャンペーンは、au にどんなメリットをもらたらすんだろうか。気になったので「au Wi-Fi トライアルキャンペーン」をキーワードにして Google 先生に聞いてみた。同じように疑問を呈している人はいたが、それの回答らしきものは見つからない。au の Web サイトでも、このキャンペーンの告知はしていない。Wi Fi WIN は普通の携帯用のサービスなので、このサービスに誘導するためのキャンペーンではなさそうだ。また、単にアンケート調査だけを目的としたものであれば、コストがかかり過ぎる。

 わが家はすでに無線 LAN ルーターを購入したので、キャンペーンに申し込むつもりはない。しかし、「ただほど高いものはない」ということばがあるように、申し込みを考えている人はちょっと不安を感じるかもしれない。こういうものは、「ああ、そういうことか」と納得できるような理由がはっきりわかるほうが申し込みやすいと思う。このキャンペーンの意図が気になって仕方がない。

参考・参照サイト

2 番目に美味しいお店

川西で 2 番目に美味しいお店「ココ」の看板 ずいぶん前から気になっていた店がある。その店は、「川西で 2 番目に美味しいお店」という看板を堂々と掲げている。店の名前は喫茶 COCO(ココ)。誤解する人がいるといけないので書いておくが、ひところ大きな話題になった「2 位じゃダメなんでしょうか」という蓮舫大臣の発言に乗じたものではない。この看板は、それよりもずっと前から存在していた。私が知る限り、10 年前にはすでに存在していたと思う。看板は定期的にリニューアルされているようなので(数年前の看板は、「喫茶ココ (COCO)@川西写真館 9246 」を参照)、長期に渡ってずっと「2 番目に美味しいお店」の地位を守っていることになる。

 それだけ「2 番目に美味しい」ことに誇りを持っている店の味を知らないのは、川西市民として恥ずかしいことである。意を決して喫茶・お食事処 COCO に入ることにした。決して今風のおしゃれな感じの店ではない。食事メニューが充実した昔ながらの喫茶店といった感じだ。メニューも多種多様で、オムライス、カレー、サンドイッチといった喫茶店の定番メニュー、とんかつ定食やハンバーグ定食といった定食類、喫茶店らしからぬラーメンやうどんなどの麺類まで、何でもありの店である(店頭メニューはこちら)。

 今日の日替わり定食は石狩うどんだったが、今日はうどんという気分ではない。何を食べようか迷ったあげくハンバーグ定食に決めた。待つこと 10 分。ハンバーグ定食がやってきた。メインのハンバーグに、ご飯、味噌汁、サラダ、ごぼう、昆布が付いて 780 円。ボリュームもたっぷりだ。肝心の味は、レストランの味というよりも、気取らない家庭の味といった感じでまずまずだった。何が美味しいと思うかについては、個人差や好き嫌いがあるので、COCO が「川西で 2 番目に美味しい店」かどうかについてのコメントは差し控えることにする。

喫茶・お食事処 COCO のハンバーグ定食

喫茶・お食事処 COCO のハンバーグ定食

 どうして「2 番目に美味しいお店」という看板を掲げているのかを聞いてみたかったが、そんなことを聞けるような雰囲気ではなかった。新参者がそれを聞くのはちょっと勇気がいる。しかし、だからと言って、何度も通って常連になり、店の人と仲良くなって真実を確かめたいというほどでもない。興味はあるけど、一生謎のままでもいいことにしよう。リンゴ・スターは、「ビートルズのメンバーの中で誰がいちばん好きかのアンケートを取ったら僕は最下位だろうけど、誰が二番目に好きかのアンケートをとったら俺が一番になる自信がある」みたいなことを言ったらしい。ひょっとして、COCO の自信もそういうこと?

 蓮舫大臣の「2 位じゃダメなんでしょうか」発言についてひとこと。以前のエントリー「文化にまつわるエトセトラ」で、石田純一氏の「不倫は文化だ」発言はマスコミの歪曲だと書いたが、蓮舫大臣の発言もマスコミによって多少歪曲されている感がある。同大臣の発言を「1 位を目指す必要はない」という趣旨に理解している人が多いようだが、同人用語の基礎知識の「2位じゃダメなんでしょうか?」によると、あくまでも 1 位を取ることの意義について説明を求めることが真意だったようである。

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文化にまつわるエトセトラ

 今日 11 月 3 日は文化の日。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日として、昭和 23 年に祝日に定められたらしい。また、日本国憲法が公布された日(昭和 21 年)でもあり、昭和 22 年までは明治節(明治天皇の誕生日)という祝日だったようだ。今日 11 月 3 日は、皇居で文化勲章の授与式が行われるとのこと。こんなに由緒がある日だとは知らなかった。

 文化ということばを聞いて、私の頭に真っ先に思い浮かぶのが文化住宅と文化包丁。ほかにも頭に「文化」が付く「文化○○」はいっぱいありそうな気がする。ところが、文化放送、文化シャッター、文化服飾学院といった固有名詞は出てくるが、一般名称は前述の 2 つ以外まったく思い浮かばない。ほかにどんな「文化○○」があるのか気になったのでググッてみたところ、デイ・バイ・デイというブログを発見。このブログの「文化祭」という記事に、「文化鍋」「文化油引き」「文化皮引き」「文化チリトリ」「文化朱肉」といった「文化○○」が紹介されていた。どれも聞いたことがあるような、ないような。

 「文化○○」の由来については、「戦後、高度経済成長期にかけては『文化住宅』『文化包丁』など、当時先進的とみなされていたものに何かと『文化』を付けることが流行っていた」と Wikipedia に説明されている。そうか。「文化○○」は日本が元気だった高度成長期の産物だったのか。その時代にスマートフォンが出現していたら、「文化フォン」と呼ばれていたかもしれない。 

 上述のデイ・バイ・デイによると、「『文化住宅』はトイレや台所がそれぞれ独立した二階建てのアパート」を指し、関西特有のものらしい。ああいうアパートは全国的に文化住宅と呼ばれているのだと思っていたので、関西特有のものと知ってびっくり(文化住宅の詳細については、近畿の集合住宅としての文化住宅@Wikipediaを参照)。その他の「文化○○」がどのようなものかについては、前述の「デイ・バイ・デイ」を参照されたし。

 「文化」で連想する人物と言えば石田純一氏。マスコミによって「不倫は文化だ」と言ったことにされている。当時、ゴルフ場での同氏のインタビューをテレビで見た記憶があるが、石田さんは「芸術や文化が不倫から生まれることもある」と言ったのであり、「不倫は文化だ」などとはひとことも言っていない。この発言を私流に意訳すると、「不倫は確かによくないことだけど、不倫を題材とした小説や映画もある。不倫から芸術や文化が生まれることもあ。だから不倫を『悪』の極みたいな捉え方をするのはどうでしょうか」となる。もちろん、これは私の解釈であって同氏の真意はわからないが、これを「不倫は文化だ」と要約してしまうマスコミはあまりにも乱暴だと思う。要約するとしたら、「不倫からも文化が」あたりになるのではかなろうか。

逃げたらあかん

 私が今の携帯電話を使い始めてもう 7 年になる。この携帯電話は、周波数の変更によって来年の 7 月以降使えなくなるため、機種変更をしないといけないらしい。その通知を au から何度ももらっているのだが、いまだに機種変更の手続きをしていない。これを機会に、スマートフォンに切り替えようか、それとも今までどおりの普通の携帯を使い続けようかを決めかねていたというのも、機種変更がなかなかできなかった理由の 1 つである。

 私の携帯電話の主な利用方法は電話を受けることと、ときどきメールの送受信を行うことぐらいである。常時自宅にいるため、携帯から Web に接続して何かを確認したり、チェックしたりする必要はほとんどない。だから、スマートフォンは自分にとっては必要ないという結論にほぼ達していた。

 先日妻が普通の携帯からスマートフォンに変えた。スマートフォンに変えようとと思った動機は、自分よりも年上であろうおじさんが電車内でスマートフォンをいじっているのを見て、「スマートフォンから逃げたらあかん」と思ったことらしい。年を取ると、だんだん新しいものがめんどうになる。スマートフォンなんか必要ないと言って避けてたら、将来シニアフォン使うおばあちゃんグループになってしまう。それは嫌だと思ったと言うのだ。

 なるほど。妻の言うことには確かに一理ある。必要か必要でないかという観点だけから物事を見ていると、新しいものを使うのがめんどうになったり、新しいものに興味を持たなくなったりするかもしれない。新しいモノへの関心がなくなることは、これすなわち老化現象の 1 つと言えなくもない。

 妻がスマートフォンをいじっているのを見ていると、自分もスマートフォンにちょっと興味が出てきた。そういう意味では、関心に対する老化はまだ始まっていないのかなと、ちょっと一安心。ほぼ決まっていた機種変更の方針がまた白紙に戻った。もうちょっとだけ悩んでから、最終決定することにする。

宇宙人がやってきた

 数日前の出来事。トイレに行きたくなって目が覚めた。リビングの時計を見ると 7 時 50 分。妻はすでに出かけているようだ。中途半端な時間なのであと少しだけ寝ることにする。

 どれだけ時間が経っただろうか。ずいぶん長い時間寝たような気がする。飛び起きて時計を見ると 7 時 50 分のままだった。「なんや、時計止まってたんか」。急いでほかの時計を確認してみる。9 時半だ。ちょっと寝過ぎた。急いで仕事にとりかかる。

 あとで時計の電池を取り替えようと思いながら、時計の件についてはすっかり忘れていた。夜の 11 時ごろになってそのことを思い出す。そういえば、リビングの時計はちゃんと動いている。時間も合っている。

「ひょっとして、時計の電池入れ替えて、時間合わせた?」
と妻に聞いてみる。返ってきたことばは
「そんなことしとらへん」
朝、7 時 50 分で時計が止まっていたはずなのに、時計がちゃんと動いていること、しかも時刻も合っていることを伝えると、
「寝ぼけとったんとちゃうん」
とはき捨てるように言われた。

 絶対に寝ぼけてなんかいなかった。眼鏡をかけて何度も時間を確かめた。だいたい、7 時 50 分と 9 時半を見間違えるはずがない。昼間はずっと仕事部屋にいたので、7 時 50 分で止まっていた時計がいつから正常に動作していたのか、さっぱりわからない。狐やたぬきにばかされたとは思えない。だいたい、狐やたぬきが私を化かす理由が思い当たらない。残された可能性は宇宙人しかない。結局、「これは宇宙人の仕業に違いない」という結論に達したのだが、狐やたぬきと同様、宇宙人がそんなことをする妥当な理由が思い当たらない。何か重大なメッセージを伝えたかったのだろうか。おーい、宇宙人。これは一体どういうことだ~。

気になる CM

 AC ジャパンの広告もずいぶん少なくなり、震災前の状態にほぼ戻った感がある。民間の CM も、趣向を凝らしたさまざまなものが登場している。そのような最近の CM の中で、気になるものが 3 つある。

 1 つ目はキンチョールの CM。ダウタウンのまっちゃんが、キンチョールを手に持ってバスの中でぶつぶつ言っているやつである(まっちゃんのキンチョール CM@YouTube)。金鳥の CM は昔から奇抜でおもしろいものが多かった。今回まっちゃんが出演しているバス編は、いかにもまっちゃんがコントで言いそうな台詞である。ひょっとしてまっちゃんのアイデアなんだろうか。タレントのアイデアで CM が制作されることがあるのかどうかは知らないが。

 2 つ目の気になる CM は、ブラザー・トムさんが花嫁の父親役を演じているワンハートウェディングの CM である。初めて見たとき、ブラザー・トムさんが女性みたいなしゃべり方をしていたので、「なんだこれ」と思ったのだが、結婚式当日、父親と娘の体が入れ替わってしまったという設定らしい。確か、舘ひろしさんが出演していたドラマで、このような設定のものがあった。男と女の体が入れ替わるという設定は特に目新しいものではないが(元祖は『転校生』か)、何となく気になる CM である。

 3 つ目の、そしていちばん気になっている CM は、サントリーのウーロン茶の CM。中国人女性がウーロン茶を飲みながらいろんな物を食べる CM で、さまざまなバージョンがある。その中で私が最も気になっているのが、汗をかきながら辛そうなカレーを食べるバージョンである(ホットホットガール編)。これを見ていると、彼女が食べているカレーを食べたくて仕方なくなる。すごく辛くておいしそうなのだ。これって、カレーの CM だったら大成功なんだろうけど、ウーロン茶の CM としてはどうなんでしょう?少なくとも、私はウーロン茶を飲みたくなったことは一度もない。ちなみに、演じているのは青島市出身のファン・ビンビンという女性らしい。

あなたみたいなひよっこで大丈夫なの?

 マツケンこと松山ケンイチ君と小雪さんの結婚が世間の話題になっている。私は、芸能人の結婚や離婚にはまったく興味がないので、特に感想はない。「ああ、そうですか」といった程度。私は、芸能人の○○ と○○ が夫婦であることを知って驚くことがしょっちゅうあるのだが、「なんでそんなことも知らんの?」と言って妻に叱られる。別に叱られるようなことではないと思うのだが・・・・・・。

 マツケンも小雪さんによく叱られているそうだが、どんなことで叱られてるんだろうか。そんなことを公の場で発表してしまったら、また「そういうことを言ったらダメ」と小雪さんに叱られるんじゃないかと、他人事ながら心配になったりする。

 今日書きたかったのは、マツケンが小雪さんに言われたという「あなたみたいなひよっこで大丈夫なの?」という台詞について。これって、結婚を申し込まれた人が申し込んだ人に対して言うことばだろうか。第三者が小雪さんに対して、「小雪さん、マツケンみたいなひよっこで大丈夫なの?」と言うのであればわからなくない。小雪さんの自分に対する問いかけであってもかまわない。

 だいたい、ひょっこであるマツケンで(マツケンを結婚相手に選んで)大丈夫なのかどうかは、小雪さんの問題であって、マツケンの問題ではない。だから、大丈夫かどうかをマツケンに聞くのはおかしい。実際には、「あなたみたいなひよっこで大丈夫なの」みたいな内容のことを言われたということであり、小雪さんが実際にこのとおり言ったわけではないとは思う。ちょっと細かいことを言ってみたくなったということで、私のいちゃもん戯言をお許しください。

 ところで、マツケンのデフォルトが松平健から松山ケンイチに変わったのはいつのこと?

4 月 1 日生まれはなぜ前年度の学年に組み込まれるのか

 私は 4 月 11 日生まれである。これまで、同級生で私よりも誕生日が早かった人は、私の知る限りひとりもいなかった。当然のことだが、同級生の中でいちばん早く年を取る。若いころは何とも思わなかったが、最近はどうもおもしろくない。私は昨年の 4 月に 50 歳になったのだが、同級生の中にはまだ 49 歳の者がいる。なんだかずるいなあと思ってしまう(本当は何もずるくないが)。4 月生まれは損だ。

 そんな 4 月生まれの中に、唯一例外の日がある。4 月 1 日生まれだ。同級生にも 4 月 1 日生まれの者がいた。しかし、誰もが知っているように、4 月 1 日生まれは前年度の学年に組み込まれるので、学年の中でいちばん遅く生まれた者ということになる。学校の年度は 4 月 1 日から始まるのに、なぜこういうことになるんだろうと、ずっと不思議に思っていた。

 一昨日、『鶴瓶の超ゆる~い会議』という番組で「なぜ 4 月 2 日生まれから学年が変わるの!?」という話題を取り上げていた。その理由を知って、何度も「へえ~」とうなってしまった。ここ数年でいちばん「へえ~」と思ったと言ってもいいくらいだ。

 それは、「年齢計算ニ関スル法律」の定めにによるとのことだった。この法律によると「年齢の加算は誕生日の前日に行う」となっている。つまり、私たち日本人は、誕生日ではなくその前日(厳密に言うと、誕生日の前日の 24 時)に年をとるということになる。

 この規定に従うと、4 月 1 日生まれの人に年齢が加算されるのは 3 月 31 日である。たとえば、小学校の就学規定が、「4 月 1 日から翌年 3 月 31 日までに満 6 歳になった児童」であるとすると、学校の年度は、4 月 1 日 ~ 3 月 31 日であっても、対象となる児童は 4 月 2 日から翌年 4 月 1 日に生まれた者ということになる。なるほどねえ。

 それでは、そもそも、なぜ誕生日ではなく、誕生日の前日に年齢を加算しないといけないのか。それは、うるう年、つまり 2 月 29 日が存在するからである。「誕生日に年齢を加算する」と定めると、2 月 29 日生まれの者は、法的には 4 年に 1 歳しか年をとらないことになる。このような不都合を解消するための措置だとのこと。うまいこと考えたものだ。私の中の「なるほどメーター」の針は振れまくり。

 番組で取り上げていた話題で、もう 1 つ興味深いものがあった。それは「なぜ最近、月に行かないのか? 」だ。番組では、「月に行くには莫大な金がかかるからである」(財政的な理由)と結論付けていた。「本当は、人類はまだ月に行ってないからやろ~」と私はつぶやいた。以前から、「人類は本当は月に行っていない」という説を唱える人たちがいるが、わたしは密かにその説を支持してる者のひとりである。 

県民性とイメージ

以下のイメージは、都道府県イメージマップ@日本辞典で公開されている「ある県」のイメージである。

人柄レベル: 低い
美人度: 低い
食事レベル: 高い
満足度: 普通
結婚相手としての満足度: 低い
観光レベル: 高い
歴史の古さ: 古い
生真面目度: 高い
社交性: 普通
見栄っ張り度: 高い
拝金主義度: 普通
甘党度: 高い
酒好き度: 高い
色白度: 高い
博打好き度: 高い

これは何県のイメージでしょうか。正解は、私の出身県である三重県である。三重県は総合的な観点で上位にランクする県でないことはわかっているが、「人柄」や「結婚相手」といった人間の根幹に関する部分で「低い」というイメージを持たれているのは残念。ちなみに人柄レベルが最も高いのは北海道のようだ。これは私のイメージと一致する。

いい意味で「高い」というイメージを持たれている項目は、「食事」と「観光」の 2 つ。「食事」は、きっと伊勢志摩の海の幸や松阪牛が大きく貢献しているんだろう。しかし、三重県民は日常的においしい魚介類や牛肉を食べているわけではなく、むしろ普通なんじゃないかと思う。生真面目さも「高い」となっている。「まじめさ」が「高い」のであれば喜ぶべきなんだろうが、生まじめだと言われるのはあまりうれしくない。

最後に美人度について。美人度のイメージが高い都道府県は、北海道、秋田、新潟、京都、福岡である。秋田県は、秋田美人っていうことばがあるくらいだから、そういうイメージを持たれるのは当然だろう。京都は、「東男に京女」からか。逆に、美人度のイメージが最低レベルの都道府県は、茨城、愛知、岐阜、三重、和歌山の 5 県である。東海 3 県と呼ばれる愛知、岐阜、三重がそろって低レベルなのはどういうわけだ。ついでに、三重に隣接する和歌山も同じグループに入っている。これだけ地理的にまとまった地域に集中しているのは偶然の一致なんだろうか。

「男っぷり」という項目もあればおもしろいのにと思う。私の予想では、九州各県と高知県あたりが上位にランクするような気がする。もちろん、三重県が「高い」ではないことは明らかだが、せめて「普通」であってほしい。

生まれ育った三重県を離れてもう 30 年以上になる。しかし、現在住んでいる兵庫県のことよりも、どうしても出身県のことのほうが気になるんだなあ。


10 分 1000 円

高いなあ。思わずうなってしまった。何の値段かというと、愚痴を聞いてもらうために支払う料金である。

「最近は、電話で愚痴を聞く『愚痴聞きビジネス』っていうのが流行ってるねんて。ほんで、料金は 10 分で 1000 円やて」。先週のきらきらアフロで鶴瓶師匠がこんな感じのことを言っていた。本当にそんなビジネスがあるのか。どんなシステムになっているのか。気になったので早速調べてみた。

Google で検索した結果、「[電話相談]「愚痴聞き」ビジネスが人気」(@yomiDr./ヨミドクター)という記事を発見。確かに「愚痴聞きビジネス」なるものが存在し、利用者が増えているという。以下は同記事からの引用。

料金は10分1000円。当初は1本も電話がない日が続いたが、2008年から徐々に利用は伸び、今では延べ3000人に達した。男女25人のスタッフが交代で24時間対応する。

 同倶楽部のセラピストの一人、あさくらゆかりさん(42)は、主婦業のかたわら1日1時間半~6時間程度、自宅に転送されてくる電話を受ける。「9割以上は愚痴です。ばかにされると思って友人には話せないのでしょう。最後には『元気をもらった』と喜ばれることも多い」という。

この「電話で愚痴を聞く」サービスを提供しているのは、聞き上手倶楽部という会社らしい。愚痴聞きだけでなく、うつ病専門の電話カウンセリング、子育て育児電話相談、恋愛カウンセリングなど、幅広く電話相談サービスを提供しているとのこと。

確かに、愚痴や不満を誰かに話せばすっきりしたり、ストレスを解消できたりすることは事実だと思う。でも、いくらストレス社会とは言え、こんなビジネスが成立するとはねえ。

「私それやりたい。人の愚痴を聞いて、『そうですよねえ』って相づちうってればええんやろ。それで時給 6,000 円やったらすごくええやん」
どういうわけか、利用者の立場ではなく仕事をする人の立場から妻がこんなことを言う。
「でもなあ、最初はええかもしれんけど、ずっと人の愚痴ばっかり聞いてたら、だんだんいやになってくると思うで。きっと想像以上に大変な仕事やで」と私。

細かいことを言えば、10 分 1,000 円は利用者が会社に支払う金額であり、実際に話を聞く人がもらえる金額はせいぜいその半分くらいだろう。それでも十分魅力的な金額ではあるが、人の愚痴を延々と聞き続けるなんて、私には絶対無理だと思う。

今のところ、お金を払ってまで聞いてもらいたい愚痴は私にはない。これからも「愚痴聞き」サービスのお世話にならなくてもよい、ストレスの少ない生活環境を維持したい。そんなことを感じたちょっと前の出来事でした。

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