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コンピューターやインターネットに関連する雑談


妻がツイッターを始めてしまいました

「いちいち『何とかなう』とか書き込んで、何がおもしろいんやろ」
ツイッターに関して、以前妻がよく言っていた台詞である。 
「絶対そんなめんどうくさいことしたくないわ」
自分がツイッターをやっていることを秘密にしていた私は、心の中で「ツイッターっていうのは、別に『~なう』って言うためのものじゃないし、やってみないとおもしろさはわからんさ」と思いながら
「う~ん。せやなあ」
と曖昧な返事をしていた。妻にツイッターを始めてほしくなかったからだ。ツイッターを始めて私のツイートを読まれたりしたらたまらない。もちろん、見られて困るようなツイートはしていないのだが、見られるのは何となく気恥ずかしい。

 そんな妻が、普通の携帯からスマホに乗り換えたのをきっかけに、ついにツイッターを始めてしまった。最初は、そ知らぬ顔をしていたのだが、あまりにもとんちんかんなことを言うので、ツイッターのことをいろいろと教えてやった。必然的に、私がかなり前からツイッターをしていたことは明らかになった。

 妻は、今ではすっかりツイッターのヘビーユーザーである。応援しているミュージシャンのファン同士でフォローし合っているようだ。そのミュージシャンについてあれやこれやとツイートして楽しんでいる。あれほどけなしていたのに、ついに
「ツイッターっておもしろいわ。よう考えられてるわ、これ」
とまで言うようになった。食わず嫌いの典型的な例である。そして、私が恐れていたことも今のところまったくの杞憂だった。私のアカウントすら知りたがらないし、フォローするなどという考えはこれっぽっちも頭になさそうである。

 そう、それでいいのだ。私も妻のツイートを読みたいとは思わないし、ましてやフォローなんてもってのほかだ。興味の方向がまったく違うので、共通のフォロワーができるなんてこともなさそうだ。もし、何らかのつながりで妻の TL に私のツイートが表示されるような事態になればブロックしてやる。

 こうして、私たちは夫婦は、お互いにやっていることを知っていながら、絶対に相手のツイートを見ないツイッターユーザーとして平和に共存している。夫婦であってもお互いに携帯メールは見ないというのが暗黙のルールであるように、相手がツイッターをやっていることを知っていても、夫婦に限らず身内どうしではお互いにフォローしない、ツイートを見ないというのがツイッターユーザーの暗黙のルールのような気もするが、実際にはどうなんだろう。もちろん、ツイッターユーザーであることをずっと秘密にしておくという手もあるとは思うが。

YouTube をテレビで見る

 「YouTube の動画を DVD に焼いて、テレビで見ることってできひんの?」と妻が言うので、「たぶんできると思うで」と答え Google 先生に聞いてみた。その結果、2 種類のアプリケーションがいることが判明した。動画ダウンロードソフトと DVD オーサンリングソフトである。

 動画ダウンロードソフトは、Craving Explorer が評判がよさそうだったので、これをダウンロードしてインストールした(詳細は、YouTube などの動画をダウンロードして PC に保存する@PC Bibo 6 に記載したのでそちらを参照)。DVD オーサリングソフトは、Windows Vista/7 に付属している Windows DVD メーカーを使うことにした。 

 ためしに、YouTube で椎名林檎の動画を探して、DVD に焼いてみた(手順については、YouTube などの動画を DVD に焼いて DVD プレイヤーで再生する@PC Bibo 6 に記載したのでそちらを参照)。書き込むのにかなりの時間(1 時間くらい)がかかったが、簡単に DVD が作成できた。DVD プレーヤーに挿入すると、テレビ画面にこんな感じのメニュー画面が表示される。

Windows DVD メーカーで作成した DVD のメニュー画面

 [再生] を選択すると先頭から再生が開始し、[クリップリスト] を選択すると、クリップの一覧が表示され、そこから目的のクリップを選べる([再生] や [クリップリスト] などのメニューテキストには、任意の文字列を指定できる)。元の動画の品質があまりよくないため、大きな TV 画面で見るとかなり粗い画像になるが、YouTube の動画をテレビ画面で見られるのは楽しい。注意点は、録画用の DVD ではなく PC データ用の DVD ディスクを使うことである。しばらくの間、YouTube の DVD 化はマイブームになりそうである。

 作成した「椎名林檎クリップ集」の DVD に書き込んだ最初の曲はやっぱりこれ。

無料で無線 LAN ルーターがもらえる理由は?

au の Wi-Fi トライアルキャンペーンの通知 最近スマートフォンユーザーになったばかりの妻のところに、au から「Wi-Fi トライアルキャンペーン」の通知が届いた。キャンペーンに申し込むと無線 LAN ルーターが送られてくるらしい。それを使ってスマートフォンを Wi-Fi 接続し、アンケートに回答すると、その無線 LAN ルーターを引き続き使用できるとのこと。つまり、無料でもらえるということだ。

 キャンペーンの内容を読むと、無料でもらえる無線 LAN ルーターは Buffalo の Air Station のようである。私がこの前買ったのと同じ製品だ(10/26 日のエントリー「時間ができたら」を参照)。がび~ん。このキャンペーン、あと 1 カ月早くやってくれてたら、買わずに済んだのに・・・・・・。

 でも、au はたかだかアンケートに答えるだけで、なぜ無線 LAN ルーターをくれるんだろうか。BUFFALO の Air Stationは、安いものでも 3,000 円弱はする。決して安いものではない。これを無料で提供することによって、何か別の有償サービスに誘導するつもりなんだろうか。このキャンペーンは、au にどんなメリットをもらたらすんだろうか。気になったので「au Wi-Fi トライアルキャンペーン」をキーワードにして Google 先生に聞いてみた。同じように疑問を呈している人はいたが、それの回答らしきものは見つからない。au の Web サイトでも、このキャンペーンの告知はしていない。Wi Fi WIN は普通の携帯用のサービスなので、このサービスに誘導するためのキャンペーンではなさそうだ。また、単にアンケート調査だけを目的としたものであれば、コストがかかり過ぎる。

 わが家はすでに無線 LAN ルーターを購入したので、キャンペーンに申し込むつもりはない。しかし、「ただほど高いものはない」ということばがあるように、申し込みを考えている人はちょっと不安を感じるかもしれない。こういうものは、「ああ、そういうことか」と納得できるような理由がはっきりわかるほうが申し込みやすいと思う。このキャンペーンの意図が気になって仕方がない。

参考・参照サイト

時間ができたら

無線 LAN の親機(Buffalo AirStation WHR-G301N) この 1 カ月間常時複数の仕事を抱え、おそろしく忙しかった。動作モードも、やる気モードから通常モードに切り替わり、ちょっと疲れ気味になっていたところだ。私にはよくあることだが、時間がたっぷりあるときは時間をもてあましているのに、忙しいときに限ってやりたいことがいろいろと出てくる。

 今日の正午、最後の仕事を納品して手持ちの案件がすべてなくなり、待望の「時間ができたら」状態が到来。まずは、「時間ができたらやりたいこと」リストのいちばん上に記載した項目に取りかかることにする。無線 LAN ルーターの接続・設定だ。

 わが家では、2 台の PC をスイッチングハブで接続している。しかし、この方法だと IP アドレスが 2 つ必要になるため、追加 IP アドレス代として毎月 プロバイダーに 1,000 円支払っている。無線 LAN を使えば追加の IP アドレス料金なしで複数の PC を接続できることは知っていたのだが、何となく面倒くさそうなのでほったらかしにしてきた。

 しかし、毎月 1,000 円を支払うことが急にバカらしくなり、無線 LAN ルーターの値段を調べてみたら、親機と子機がセットになっているもので 6,000 円ほど。これなら半年で元が取れるということで、時間ができたらすぐに使用できるようにと、10 日ほど前に Buffalo の Air Station(WHR-G301N)を購入しておいたのだ。

 設定は拍子抜けするほど簡単だった。ソフトウェアをインストールして、指示に従っていくだけで簡単に設定できた。こんなことなら、もっと早くに導入すればよかった。しかし、大きな勘違いをしていたことが判明。わが家のノート PC には無線 LAN の子機が内蔵されてるので、子機を買う必要はなかったのだ。がび~ん。もっとよく調べてから買えばよかった。仕方がないので、不要になった子機は古い Windows 2000 マシンで使うことにする。

 「時間ができたらやりたいこと」リストの 2 番目の項目は「断捨離」。先日『探偵!ナイトスクープ』に、急に掃除に目覚めて「断捨離」名人になったおじさんが出演していた。若いころは掃除が苦手だったのに、急にコツがわかり掃除がしたくてしたくて仕方がないという妙なおじさんだった。その人によると、物を捨てるか捨てないかの基準は、必要か必要でないかではなく、今使っているか使っていないかだという。使っていないけれど、いつか必要になると思って手元に置いておくから、物が減らないらしい。なるほどねえ。確かに、1 年間使っていないものは使わないものであり、結局は必要ないものなのかもしれない。

 断捨離を開始する前に、ちょっとコーヒーを飲んでくつろいでいると、別のやりたいことが急に浮上してきた。その思いをどうしても抑えることができずに、「時間ができたらやりたいこと」リストの「断捨離」よりも上に、「何もせずにぼんやり過ごす」という項目を書き足した。断捨離は、そのあと実行することにする。

逃げたらあかん

 私が今の携帯電話を使い始めてもう 7 年になる。この携帯電話は、周波数の変更によって来年の 7 月以降使えなくなるため、機種変更をしないといけないらしい。その通知を au から何度ももらっているのだが、いまだに機種変更の手続きをしていない。これを機会に、スマートフォンに切り替えようか、それとも今までどおりの普通の携帯を使い続けようかを決めかねていたというのも、機種変更がなかなかできなかった理由の 1 つである。

 私の携帯電話の主な利用方法は電話を受けることと、ときどきメールの送受信を行うことぐらいである。常時自宅にいるため、携帯から Web に接続して何かを確認したり、チェックしたりする必要はほとんどない。だから、スマートフォンは自分にとっては必要ないという結論にほぼ達していた。

 先日妻が普通の携帯からスマートフォンに変えた。スマートフォンに変えようとと思った動機は、自分よりも年上であろうおじさんが電車内でスマートフォンをいじっているのを見て、「スマートフォンから逃げたらあかん」と思ったことらしい。年を取ると、だんだん新しいものがめんどうになる。スマートフォンなんか必要ないと言って避けてたら、将来シニアフォン使うおばあちゃんグループになってしまう。それは嫌だと思ったと言うのだ。

 なるほど。妻の言うことには確かに一理ある。必要か必要でないかという観点だけから物事を見ていると、新しいものを使うのがめんどうになったり、新しいものに興味を持たなくなったりするかもしれない。新しいモノへの関心がなくなることは、これすなわち老化現象の 1 つと言えなくもない。

 妻がスマートフォンをいじっているのを見ていると、自分もスマートフォンにちょっと興味が出てきた。そういう意味では、関心に対する老化はまだ始まっていないのかなと、ちょっと一安心。ほぼ決まっていた機種変更の方針がまた白紙に戻った。もうちょっとだけ悩んでから、最終決定することにする。

なぜ書くのか

 Diary 9246 を書き始めたのは 2003 年 の 3 月。およそ 8 年になる。厳密に言うと何度か休止しているので、正味の期間は 5 ~ 6 年といったところだろうか。元々は Translation Room 9246(当時の名称は Kunishiro's Web Page)の一部として、定期的に更新できるコンテンツ(日記)として始めたものである。当時は、ブログなどというものはまだ存在していなかった。ほかの人たちと同様、私も普通の HTML サイトを手動で更新していた。

 何かで読んだのだが、世の中のブログの 85% は休眠ブログらしい。いちばん多いのが 3 カ月でやめてしまうブログで、次が半年とのこと。2 年以上継続しているブログは一握りだそうだ。私の場合、定期的に休止して、そのたびに復活しているので、厳密に言うと、2 年以上継続していることにはならない。こういうのは、ひょとするとかなり特殊なパターンなのかもしれない。

 最近、テキスト庵という Web 上のコミュニティが閉鎖された。Web 上で何らかの文章を書き続けている人たちが集うコミュニティである。私もそのコミュニティに 5 年ほど前から参加していた。いまどき珍しいアナログのコミュニティとして、気に入っていたのでとっても残念である。テキスト庵経由でここを覗いてくれる人も多少なりともいたようなので、もともと少なかったアクセスがさらに少なくなりそうである。

 テキスト庵の古株の人の中には、15 年間ほぼ毎日書き続けているというとんでもない人もいる。私にはとうていまねのできない芸当であり、ただただ尊敬するばかりである。そういう人たちと自分を比べてみると、「自分はなぜ書いているだろうか」と疑問に思うことがある。書き続けて得することはこれといって何もないのに。おそらく、この答えはいつまでも見つからないと思うけれど、なるべく長く続けていきたい。たとえおもしろくなくても、断続的であっても、目的がわからなくても、読んでくれる人がいる限りは。

負けるが勝ち

 ブログやツイッターをやっている方は、意味不明な苦情を言われたり、非常識なことばを浴びせかけられたりした経験を多少なりともしていると思う。私のサイトはアクセス数がそれほど多くないので、そういう経験はあまりないのだが、先日ちょっと嫌な思いをした。ある人から苦情のメールをいただいたのである。

 苦情の内容を詳しく書くことはできないが、簡単に言うと、その人のサイトに勝手にリンクを貼るなという内容だった。これまで、リンクを貼って礼を言われたことはあるが、迷惑だと言われたのは初めてである。もちろん、問題となったリンク先のサイトの内容をけなしたり、内容を変えて引用したりしたものではない。ただ参照サイトとして紹介しただけである。

 もともと、Web 上で公表されている情報は、誰もが自由にアクセスできるようになっている。「当サイトはリンクフリーです。自由にリンクしてくださってけっこうです。連絡は要りません」などと記載しているページがあるが、こういう記載がなくても、リンクを貼るのに事前に許可を得る必要がないことはネット社会の常識である。

 若いころの私であれば、自分の正当性と相手の非を冷静かつ理論的に説明し、相手に反論の余地がないまでに、徹底的に反撃していたと思う。しかし、何度かそういう対処をして学んだことは、相手がぎゃふんと言うまで叩きのめしても、何もいいことはないということである。たとえ勝ったとしても、それほどいい気分もしないし、何も得るものもない。「負けるが勝ち」が本当に賢い人の対応だと思うようになった。

 そういうわけで、該当する箇所とリンクを削除し、その旨を相手に丁寧に伝えた。そのあと、何度も「負けるが勝ち」と自分に言い聞かせた。しかし、あまりにも非常識な言い方をされたことを思い出して、その晩は腹が立って寝つきが悪かった。

 アクセスの多い人気ブログを書かれている方や有名人は、きっとこういうことは日常茶飯事であり、「また変な人が何か言ってるよ」くらいの気持ちで笑って受け流してるんだと思う。そうじゃなきゃ、やってられないと思う。「負けるが勝ち」と割り切ろうとしてもなかなか気分がすっきりしない私は、つくづく人間が小さいなあと思ってしまう。時間が経って、ようやく少し気分も晴れてきたが、「負けるが勝ち」を完全に自分のものにするには、まだまだ修行を積む必要がありそうだ。

 小さいことは気にすんな。それワカチコワカチコ。

わが家に Windows 7 がやってきた

 パソコンから異音が発生するようになってから 1 年半ほどが経過。起動すると、今にも爆発しそうなジーという音が鳴り響き、5 分くらいで止まる。いつ起動しなくなってもおかしくないような状態で、この 1 年半だましだまし使ってきた。しかも、セカンドマシンの調子もあまりよくない。こんな状態でもしメインのパソコンが突然動作しなくなったら、仕事に支障が出る。そのせいで納期遅れなどを起こしたら、信用をなくすことにもなる。そんなわけで、ついに新しい PC を購入することにした。

 今回はパソコン工房と DELLを検討したが、最終的に Dell に決定した。ベーシックなデスクトップモデルとついでにセカンドマシン(= 普段は妻が使用)としてノート PC も購入。価格はどちらも 49,800 円。2 台合わせても 10 万円以下だ。13 年前に初めて購入した富士通のパソコンは当時 20 万円以上もした。それと比べると、4 分の 1 以下である。しかも性能が大幅に向上している。単純にハードディスクの容量だけで比較してみても、新しいマシンは初代マシンのおよそ 120 倍だ。隔世の感がある。これって、ムーアの法則を超えるものなのか、それともそれ以下なのかはよくわからないが。

 新しい PC の使用は、作業中の仕事の納品が完了するまで我慢した。データの移行を含め、快適に仕事をできる環境を構築するには、最低でも丸 1 日はかかるため、仕事を抱えている状態でうかつに新しいパソコンの設定をすると大変なことになるからだ。

 一昨日、作業中の仕事を納品し、待ちに待った仕事途切れ状態になった。その日 1 日は新しい仕事が入らないことを願って、新しい PC の設定を開始。しかし、心配していたとおり、これまで使っていた 15 ほどの辞書のうちの 2 つが Windows 7 でどうやっても使用できない。われわれ翻訳者にとって、命と体力の次に重要なのが辞書である。仕方がないので、この 2 つについては、妻が使っていた古い Winodws 2000 モデルにインストールして使用することにした。また、様子をみて、Windows 7 対応の新しいバージョンのものを買うことにしよう。

 先に述べたとおり、この 10 年間でコンピュータはめまぐるしい進歩を遂げたのだが、最近のコンピュータでイラッとすることが 1 つある。いろんなアプリケーションがアップデートを求めてくることだ。昔は、常時接続なんてものが前提になっていなかったので、アプリケーション自体がアップデートを求めてくるなんてことはなかったのだが、今はありとあらゆるアプリケーションが「アップデートしてくれ~」と嘆願してくる。

 あまりにもうっとうしいので、自動アップデートを通知するプログラムは、支障のない範囲ですべて停止した。このような最近のアプリケーションの挙動を見ていると、「2001年宇宙の旅」という映画を思い出す。この映画で、宇宙船ディスカバリー号に搭載されていたコンピュータの HAL は、自分の信頼性に対して乗組員が不信感を持ち始めていることを察知して乗組員を殺してしまうのだ。コンピュータは使うものであって、使われるものではない。

 2 日間かけてようやく仕事をできる環境を構築できた。「お仕事さん、いつでもいらっしゃい」。そうつぶやいた瞬間に、タイミングよく新規案件を打診するメールを受信。もちろん、「お引き受けします」とすぐさま返信した。これから 4 代目 PC 君の初仕事だ。しっかりがんばってちょうだい。


デル株式会社


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謎のスパムコメントと正しいトラックバック

またスパムコメントが来た。謎のスパムコメントが定期的に投稿されるようになってからおよそ半年になる。コメントが投稿されるのはいつも同じ記事だ。1 年ほど前に書いた「相手の住所を知らなくても年賀状が送れるって・・・どういうこと」という記事である。コメントにはあるサイトの URL だけが記載されている。アクセスしてみると、イタリア語かスペイン語で書かれていると思われる怪しげな物品販売のサイトが表示される。リンク先はそのときによって異なる。

なぜいつもこの記事が狙われるんだ。そして、なぜイタリア語(スペイン語)の、しかも複数のサイトからの攻撃なんだ。日本の物品販売サイトから、宣伝目的のコメントが投稿されることはあるけど、この謎のコメントだけはよくわからない。この記事の何が彼らを引きつけるんだろう。まあ、何回投稿しても絶対に受け付けることはないけど・・・。

スパムはコメントだけでなく、トラックバックという形で行われることもある。形は違っても目的は同じである。

話題をトラックバックに変える。そもそもトラックバックとは何か。簡単に言うとほかの人のサイトから自分のサイトに逆リンクを貼れる仕組みである。たとえば、「五月山の住人さん」という人が「五月山の頂上で愛を語る」というブログを書いているとする。そのブログで私が「少子化を食い止める10の方法」という記事を読んだとする。「この記事おもしろいから That's 談の読者に教えたいな」と思った場合、その記事へのリンクを貼ることによって読者に紹介できる。

しかし、「少子化を食い止める10の方法」に関する記事を「That's 談」に書いたからといって、「五月山の頂上で愛を語る」の読者にそのことを知らせることはできない。

関連する記事を書いたことを簡単に伝えられる仕組みがトラックバックである。だから、トラックバック先の Web ページをきちんと紹介して、該当するページにリンクするのが私の考える「正しいトラックバック」である。たとえば、こんな具合に書くのがいいと思う。

五月山の住人さんの「五月山の頂上で愛を語る」というブログでおもしろい記事を見つけた。「少子化を食い止める 10 の方法」という記事である。非常に興味深い内容だったので、それに対する私の意見を書きたいと思う。

まず対策その 1 の「子どもが 3 人以上いる家庭のみを対象に高額な子ども手当てを支給する」についてであるが、・・・・・・

このように記載した上で、「五月山の頂上で愛を語る」の「少子化を食い止める 10 の方法」の記事にトラックバックを送信する(上記は架空のサイトなので実際にはリンクは貼られていません)。このトラックバックを受け付けるか受け付けないかは、五月山の住人さんの自由である。

こうすることによって、「That's 談」の読者と「五月山の頂上で愛を語る」の読者の両方が 2 つの記事を読むことができるようなる。つまり双方向性がある。このような形が理想だと思うが、場合によっては、記事内で言及していなくても、最低限相手のページにリンクが貼られていれば、まあ OK とする。

言及リンクも単なるリンクもないトラックバックを受信することがあるが、たとえ内容に関連性があったとしても、私はそのようなトラックバックは受け付けないようにしている。宣伝を目的としてない悪意のないトラックバックであったとしても。

しかし、これはあくまでも私が考える正しいトラックバックであって、すべての人が同じように考えているわけではない。言及リンクがなくても「多少なりとも関連している内容であればトラックバックしてもいいじゃないか」と考える人もいるだろう。

考え方は人によって異なるので、そのことを非難するつもりはない。そこで、せっかくトラックバックをしようとしてくれる人のために、トラックバックに関する自分の考えを書いておいてほうが親切だと考えた。そういう理由で、トラックバック URL の記載箇所に以下の文章を追加することにした。

当サイトでは、当該記事への言及リンクのないトラックバックは受け付けていません。この記事にトラックバックをする場合は、トラックバック元の記事に当記事へのリンクを貼ってください

これは、これまでにトラックバックをしてくれたのに、リンクが貼られていないという理由で私が受け付けなかった人たちへの説明とお詫びも兼ねている。

先日ツイッターで「もう PC の時代は終わった」みたいなことをつぶやいてる方がいた。いまどき、コメントがどうとか、トラックバックがどうとか言っている人間は時代遅れなんだろうか。

ツイッターはミニブログというよりもミニ放送局

世の中には、何年にも渡って、ほぼ毎日ブログを更新し続けている人がいる。私には絶対できない芸当だ。どんなことでも、こつこつと長く続ける人って本当にすごいと思う。

私の特徴の 1 つとして、熱しやすく冷めやすいという特性が挙げられるが、私の場合、冷めたからといって完全に凍ってしまうのではなく、しばらくするとまた熱くなる。そして、熱くなったと思ったらしばらくするとまた冷える。これを何度も繰り返すという特徴がある。分類するならば、反復性熱冷タイプに属する人間だ。

私は現在、このサイトの更新とツイッターに関してはちょうど「熱い時期」に入っているのだが、今日はツイッターに関して感じたことを書いてみたい。

テレビやラジオなどで、ツイッターのことを知らない人に説明する際に、「ミニブログ」だとか、「140 文字以内の短い投稿」といった表現が使われることが多い。私も実際に自分が使ってみるまではそのように認識していた。ずっと前に、ツイッターをやっている知人のプロフィール画面を覗いたことがあるが、正直言って「こんなものどこがおもしろいんだ」という感想しかなく、決してやってみたいとは思わなかった。

見よう見まねで使い始めてある程度ツイッターを楽しめるようになった現在、ツイッターを形容することばとして、「ミニブログ」は適切ではないと思うようになった。「投稿」とか「書き込み」という表現もちょっと違うと思う。ツイッターは、ミニブログというよりもミニ放送局に近いような気がする。放送と言っても、1 回の発言が 140 文字に制限された文字放送である。そして、ツイッターはこのような文字放送を発信するだけのツールではなく、ほかのユーザーの文字放送を受信するツールでもある。むしろ、発信よりも受信という要素のほうが強いといってもいい。簡単に言うと、ツイッターとは「文字放送発受信ツール」。

ツイッターユーザーひとりひとがミニ放送局であり、どの放送局にも個性がある。哲学的なつぶやきが中心の放送局、政治の話題が中心の放送局、ロマンチックな内容の放送局。ローカルな話題やニュースを中心とした放送局。駄洒落ばっかり流している放送局、特定の野球チームのニュースや話題ばかりを流している放送局、政治家の放送局、有名人・タレントの放送局、まじめなことからふざけた内容まで何でもありの放送局。ずっと時報だけを流している放送局。そんな個性豊かな放送局の中から、好みのチャンネルを選んでリスナー(文字放送だからビューアーと呼ぶほうが適切かも)になることをツイッター用語で「フォローする」という。

音声放送ではないため、もちろん複数のチャンネルを同時に受信(フォロー)できる。私は現在 120 ほどのチャンネルのリスナーになっているが、すべてのチャンネルが 24 時間放送しているわけではないし、放送時間帯も異なる。私のように、不定期に放送停止するチャンネルもあったりで、本当に多種多様である。

ツイッターのおもしろいところは、放送局どうしで会話ができるところ。この会話はリスナーに公開で行われる。放送局どうしの会話を眺めているのもけっこうおもしろいものである。また、自分が受信しているチャンネルからおもしろいと思う発言があったときは、「リツイート」することもできる。わかりやすくいうと、自分が中継局になって、その放送内容を自分のリスナーに再放送する機能である。この機能のおかげで、それぞれの放送局の内容がアメーバ状に広がっていく。

まだまだ、私はツイッター初心者の域を脱していないので、本当の楽しみ方や真髄をわかっていないのかもしれないが、大げさに情報ツールなどと考えずに、テレビ、ラジオに次ぐ第 3 のリアルタイムメディアという感じで楽しんでいきたい。もちろん、いずれツイッターに冷める日がやって来ることは明らかであるが。

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参考・参照サイト


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