自分の披講の順番がやってきた。心臓がどくどく言っているのがわかる。「くにしろ選」と言って、自分が選んだ句を順番に五句読み上げる。生まれて初めて句会なるものに参加しているのだ。
5月20日、俳人・堀本裕樹先生が主催する「いるか句会」という句会に参加した。翌日の5月21日に東京で開催される仕事関係のイベントに参加することになっていたので、これはまたとない機会だと思って、同業者の俳句友だちであるLさんを誘って、この句会への参加を申し込んでみたのである。
いるか句会の会場は四ッ谷駅のすぐ近く。スマホで地図を見ながら行くと「いるか句会こちらのビル3Fです」という案内が目に入る。階段を登り会場の部屋に入ると、Lさんがもう座っていた。隣の席を取っておいてもらうように頼んでいたのでその席に座らせてもらった。
しばらくすると短冊が配られ「自分の句を書いて出してください」とのこと。用意してきた4句をその短冊に書いて(無記名で)提出した。今回の兼題は「苺」と「天道虫」。兼題とはテーマみたいなもので、その季語を使って句を作りましょうということである。兼題の季語を使わずに、その季節の季語を自由に使って作句してもかまわないのだが、せっかくなので兼題の「苺」と「天道虫」を入れた俳句を一句ずつ含めて、以下の4句を投句した。
1. てんとむし単独飛行決行す
2. 甘いよ甘いよ熊本産の苺だよ
3. 青蜥蜴呪文唱へて去りにけり
4. 恋ごころ悟らぬやうサングラス
投句が終わると次は「清記」という手順が待っていた。それぞれの参加者が提出した短冊をシャッフルして、ほかの人の句をひとり5句ずつ別の紙に書き写す作業である。これは、筆跡によってだれの句かわからないようにするためらしい。
参加者それぞれが清記した句が回収され、今回投句された句の一覧コピーが参加者全員に配られた。今回投句された句は全部で133句。次の手順は、この中から自分が好きな句を5句選び、その中でもっともよいと思う句を1句、特選として選ぶ作業である。「選句」という手順らしい。自分の句は選ばないというルールらしい。当然と言えば当然だとは思うが。133句すべてに目を通し、いいなと思うものに○を付けていった。句会に参加されるような人の句は流石に上手だ。いいなと思うものにとりあえず○を付けていったら10句を超えていたので、そこから5句に絞り込む。
しばらくして披講が始まる。「○○(自分の名前)選」と言って、自分が選んだ句(4句 + 特選の句)を発表する。自分の句が選ばれた人は、句が読み上げられたあとに名乗り出る。これを名乗りというらしいが、俳句の世界ではファーストネームで名乗るのが習わしだとか。そして、自分の披講の順番が回ってきた。皆さんに倣って、「くにしろ(本当はフルネーム)選」と言ったあと、選んだ4句と特選の1句を発表し、「以上くにしろ選でした」で締めくくる。初めての経験でどきどきした。
披講はどんどん進んでいく。初夏らしい清々しい句が読み上げられた。隣に座っていたLさんが「Lです」と名乗りを上げた。お~。さすがLさん。NHK俳句で入選した実績を有するLさんの句が選ばれるのは当然と言えば当然のことである。披講はどんどん進んでいくが、私の句は一向に選ばれない。俳句はそこそこ長いことやってるけど、ずっと自己流でやってきたし、プロの先生に教えてもらった経験もないし、自分の素人俳句なんて選ばれなくて当然だよねと思いつつ、心の片隅で誰か選んでくれないかとかすかに期待していた。披講も中盤にさしかかったころ、3.の青蜥蜴の句が読み上げられた。自分の句だ。どきどきしながら「くにしろ(本当はファーストネーム)です」と初名乗り。
最終的には、3人の人に3の青蜥蜴の句を選んでいただいた。また、1の「てんとむし」の句と4の「恋ごころ」の句もそれぞれひとりずつに選んでいただいた。とりあえず4句中3句、全部で5人の人に選んでもらったのだから、句会初心者としては上出来である。2の苺の句はだれからも選んでもらえなかったが、これは予想どおりである。兼題が苺と聞き、何とか苺で一句作りたいと思ったのだが、なかなかいい句が思い浮かばなかった。店先でくまモンをプリントした熊本産の苺が売られているのを目にして、苦し紛れに作った句である。「こんなの俳句じゃない」と言われるのを覚悟で出した句である。当然の結果である。
参加者の披講がひととおり終わり、堀本先生の披講が始まる。「堀本裕樹選、まずは佳作から」ということばに続いて、堀本先生が選んだ佳作が読み上げられた。なんとなんと、Lさんの句も私の句も一句ずつ佳作に選ばれたのである。Lさんは、「遠方からの参加者に対するご祝儀なんじゃないですか」と謙遜していたが、たとえそうであっても(Lさんの句については絶対にそんなことはないと思うが)、プロの先生に佳作として選んでいただけたことに感激した。
最後に、堀本先生から、特選(今回は該当なし)、秀逸、佳作に選ばれなかった句に対してもいろいろコメントがあった。ここをこう直すとよくなるなどのアドバイスもあり、とても勉強になった。そして私の苺の句「甘いよ甘いよ熊本産の苺だよ」を読み上げ、「これはどなたの句ですか」と質問。私は少し間を置いて「はい」と手を挙げる。「こんなの俳句じゃないです」と言われるんではないだろうかとどきどきしていたら、「この句おもしろいですね」とのこと。やったやった。おもしろいと言っていただけた。
4時間に及ぶ初めての句会はあっと言う間に終わった。「楽しかったね。また来たいね」と四ッ谷駅まで歩きながらLさんと話す。「今年中にもう1回必ず来ましょう」と言って、四ッ谷駅で別れた。今回は夜に同業者の方たちと別の約束があったので、句会の懇親会には出席できなかったが、次回参加する時は懇親会にも是非参加したい。
句会の会場で購入した堀本先生の著書『いるか句会へようこそ』
堀本先生にサインしていただきました。
句会は老後の楽しみに取っておこうと思っていた。まだ老後までには時間があるのに、こんな楽しいことを覚えてしまってよかったのだろうか。いやいや、人生に楽しみと刺激があることが悪いはずがない。いるか句会への参加はおそらく生涯忘れられない体験となったと思う。