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可愛そうが可哀相

 ある女性の写真を見て、「この人かわいそう」と思わずつぶやいてしまった。その女性のことを決して哀れだと思ったわけではない。その写真には、女性の顔は一部しか写っていなかったのだが、見えている一部の造作や全体的な雰囲気から、おそらくかわいいに違いないと思ったのである。

 「そう(だ)」という日本語には 2 つの用法がある。伝聞の「そうだ」と様態の「そうだ」である。前者は、他の人から聞いたり、読んだりして得られた情報を別の人に伝えるときに使い、後者はその時の様子や状態を自分の感覚や知識で判断するときに使う。

 形容詞の場合は、そのまま「そう(だ)」を付ければ伝聞用法になり、語尾の「い」を取って「そう(だ)」を付けると様態用法になる。たとえば、「この菓子はおいしいそうだ」が伝聞で、「この菓子はおいしそうだ」が様態である。この法則に従えば、「かわいい」の伝聞表現は「かわいいそうだ」、様態表現は「かわいそうだ」となる。しかし、「かわいそう」と言うと、普通は「哀れ」という意味に解釈されてしまう。この場合の「かわいそう」は、漢字で書くと「可哀相」であり、「可愛い」の様態表現「可愛そう」とは全く別のことばである。

 これまで、「可愛い」の様態表現「可愛そう」は文法的には正しくても、理論的にはありえないと思っていた。「おいしい」や「頭がいい」といった属性は、見た目や雰囲気だけでは断定できないものであるため、「おいしそう」や「頭がよさそう」といった推量の様態表現が成立する。しかし、「可愛い」とは見た目そのものの属性であり、自分の目で見れば可愛いか可愛くないかは判断できる。そいういう理由で、「可愛そう(=可愛いと思われる)」という日本語は論理的に成立しないのだと思っていた。

 今回の経験から、「可愛そう」が成立しそうな状況をいろいろ考えてみた。たとえば、近視の人が眼鏡をかけずにテレビを見ているとする。画面に女の子が映る。眼鏡をしていないのでぼんやりとしか見えないが、その人には可愛い女の子のように思える。このケースでは「可愛そうだ」と言えそうだ。また、ペットショップに犬を探しに行ったとする。檻の中に何匹も仔犬がいる。仔犬たちが重なり合っているため、顔がへしゃげてよく見えない仔犬がいるとする。普通に起き上がったら、おそらく可愛いとだろうと思われる仔犬である。この場合は、「この犬可愛そう」と言える。ほかにも、いろいろ「可愛そう」が使えそうな状況はあるのだが、きりがないのでこれくらいにしておく。

 「かわいく見える」と言おうとして「かわいそう」と言ってしまった外国人の失敗談は、笑い話としてよく耳にする。しかし、もし「可哀相」という同音異義語が存在していなかったら、「可愛そう」という表現は立派な日本語として大手を振って歩いてるような気もする。「可哀相」のせいで、間違い日本語代表のような扱いを受けている「可愛そう」が急に「可哀相」になってきた。






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