受信トイレとウンコの力
「空目(そらめ)」ということばを初めて知ったのは 2 年ほど前である。ツイッターで誰かが「~を~に空目」と使っていたのを見たのが最初だったと思う。「『ひまつぶし』を『ひつまぶし』に空目した」とか「『about』を『adult』に空目」のような使い方がされている。要するに A を B に読み間違えたという意味である。
私はこれまで生きてきて、この「空目」ということばを聞いたことがことがない。だから、きっと若者ことば、もしくはネットスラングの類なんだろうと思っていた。ところが、先日ツイッターで「『受信トレイ』という文字を見るたびに、心の中で『受信トイレ』と言ってしまう」とつぶやいたところ、同年代の同業者の方から、「『トレイ』の空目率はほぼ90%以上。同じくらい空目率が高いのは、なんといっても『ウコン』」というリプライをいただいた。
ひょっとして、「空目」は若者ことばでもネットスラングでもなく、誰もが知っている普通の日本語なんだろうか。確認のため広辞苑を引いてみる。
そら‐め【空目】
(1) 見えないのに見えたように思うこと。また、見あやまること
(2) 見て見ないふりをすること。
(3) 黒目を上にあげて見ること。うわめ。
(4) どこを見るともない、うつろな眼つき。[広辞苑 第四版]
むむむ。広辞苑に、しっかり「見あやまること」と定義されているではないか。こんなことばも知らなかったなんて、翻訳者失格?
私は仕事においてもたまに空目をやらかす。原稿の文字を空目してしまうことがあるのだ。しかし、たとえば「about」を「adult」に空目したとしても、意味不明な訳文になってしまうので、空目していたことがすぐに判明する。だから、たいていの場合は大事には至らない。厄介なのは、PGL のような特に意味がない頭字語だ。長い単語の場合はコピペするのでミスをすることはないのだが、3 文字くらいの頭字語だと、コピペするより直接タイプするほうが速いので、タイプ時に空目ミスが発生する。
たとえば、原稿に「TKG」と書かれていても、私の脳内で「TGK」に変換され、何度「TKG」を見ても「TGK」とアウトプットされてしまう。たいていの場合は途中で気付いて修正するのだが、先日このような 3 文字の頭字語を空目ミスしたまま納品してしまい、いたって恥ずかしい思いをした。あとになってみれば、どうしてこんな簡単な文字列を空目してしまったんだろうと不思議に思う。何かいい「空目」対策を考えないといけない。
昔、升田 幸三という棋士が名人戦で勝利を目前にしながら、勘違いから悪手を指してしまい、大逆転負けを喫したことがある。そのときに升田 幸三が言ったことばが「錯覚いけない。よく見るよろし」だった。今後空目ミスをしないように、自分にも「錯覚いけない。よく見るよろし」と言い聞かせておいた。
参考・参照サイト
翻訳に関するもっと専門的な情報については >> Translation Room 9246
翻訳、英語、日本語、ことばに関するトピックは >> 翻訳コラム
comments
「空目」がそんな由緒正しい語だったとは。私もまったく知りませんでした。
あと、私がよくやるのは、「おこと教室」(そう頻繁に見かけるものではありませんけど)。
でも、おっしゃるように原稿上の単語の場合は笑い話じゃすみませんよね。
baldhatter さん、コメントありがとうございます。「おこと教室」ですか。確かに空目しそうです。
空目に「見間違える」という意味があるということは、ひょっとして本家の「空耳」にも「聞き間違える」という意味があるんだろかと思って調べてみました。ところが、どの辞書を調べてみても、「音がしていないのに、聞こえたような気がすること」という意味はあっても、「聞き間違える」という意味はないようです。空耳と空目。本当は空目が先で、空耳のほうがあとからできたことばなのかもしれません。