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一生に一度のお願い

 「なあ、一生に一度のお願いやから」。子どものころ、このフレーズを何回使ったことだろう。少なくとも 100 回は使ったと思う。もちろん、お願いの内容は取るに足らないものばかりだ。「一生に一度のお願い」とは、要するに普通よりはちょっとだけ強いお願いである。

 「一生に一度のお願い」を連発していたのは、せいぜい小学生くらいまでで、中学生または高生になってからは、一度も使ったことはないと思う。一生に一度のお願いは、そんなに軽々しくするものではないことを悟ったのか、それ以外の理由があったのかはよく覚えていないが。

 「一生に一度のお願い」と似たフレーズに、「後生だから」がある。後生とは来世のことらしい。つまり、今世での「一生に一度のお願い」だけでは足らずに、来世の分まで前借りしてお願いするという意味らしい。「後生だから」と言ってお願いするような人は、かなり虫がいい人ということになる。

 閑話休題。「一生に一度のお願い」をしなくなって、もう何十年にもなる。もし神様が、一生に 1 つだけ何か願いをかなえてくれるとしたら、私は何をお願いするだろうか。まず思い付くのは、「一生遊んで暮らせるだけのお金をください」だけど、お金で買えないものもある。愛がお金で買えるか買えないかについては、必ずしも買えないとは言い切れないと個人的には思うが、命がお金で買えないことについては議論の余地がない。だから、一生に一度のお願いは命が危うくなったときに使うべきなのかもしれない。しかし、問題なのは、だれの命が危うくなったときにお願いを発動すべきなのかという点だ。自分の命か、それとも大切な人の命か。

 日がずいぶん長くなった。今くらいの季節は、夕方がいつまでも明るくて気持ちがいい。それほど暑くもないところもいい。最高のビール日和だし、こんな夕方は「一生に一度のお願いやから、ビールのあてに餃子焼いて」とお願いしてみようか。






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