せいてせかん

 震災後、仕事が大幅に減るのではないかと心配していたのだが、今のところ震災前と変わらないペースで仕事が来ている。むしろ、急ぎで難しい仕事が多くなり、ここ 1 カ月ほど、ずっと「急かされてる」感があった。昨日、急ぎの案件を納品して、ちょっと一息ついたところである。仕事がなくなったり激減したりして、大変な思いをしている人がいることを考えたら、とてもありがたいことである。この先どうなるのか少し不安ではあるが。

 最近のマイブームは寝る前の読書。もっぱら田辺聖子さんのエッセイ集を読んでいる。その日の眠さの度合いに応じて、2 編から 5 編くらい、10 分から 30 分くらい読書を楽しんでいる。おせいさんのエッセイの特徴は、ところどころに関西弁や大阪弁の解説が盛り込まれていることだ。田辺さんの大阪弁講座はわかりやすくて、ためになる。

 今読んでいるのは『楽老抄 IV そのときはそのとき』。この本で紹介されていた大阪弁で、ふむふむと思ったのが「せいてせかん」ということば。聞いたことはあるが使ったことはない。大阪(関西)弁とはいっても、若い人が使うことばではない。使っても違和感がないのは、60 歳から 70 歳以上の生粋の関西人だろうか。

 「せいてせかんのやけど」とか「せいてせかん話やけど」などと言われたら、「急く」のか「急かない」のか、どっちだと思うかもしれないが、超要約してしまうと「急く」ということになるらしい。しかし、このことばの意味を正確に表そうとすると、恐ろしく説明的になるようである。

 これとよく似たことは翻訳でも経験する。1 つの英単語を正確に日本語に訳そうとすると、数行に渡る説明が必要になることがある。あまり説明的な訳文にすることもできないので、まだ日本語として定着していないカタカナ語を使ったり、意味がある程度近い日本語に置き換えたりしている。

 閑話休題。「せいてせかん」は「願わくは」という願望と相手への心くばりを込めたことばらしい。あえて標準語にするなら、「せいているようで、せいてはおりませんが、相なるべくは、せいて下さると、誠にありがたいのですが」になるとのこと。つまり、本音は「急いているのだけど、それをはっきり言ってしまうと身もふたもないので、ちょっと遠慮気味に言っているが、そこらあたりを察して、なるべく急いでくださいよ」だ。何と奥が深い言い回しだ。

 私はこの「せいてせかんのやけど」というフレーズを使ってみたくてうずうずしているのだが、たかだか関西在住 25 年の 50 歳の「若造」が使うには、ちょっと敷居が高い言い回しである。10 年後、いや 20 年後にはこのフレーズを違和感なく言える老人になりたい。しかし、そのころにはこのことばの真意を理解してくれる人がいくなっているかもしれない。いと悲し。

 この週末の予定は小さ目の仕事が 1 つ入っているだけである。願わくは、週末は少しゆっくり過ごし、また週明けから大き目の仕事に取り組みたい。もちろん「せいてせかん案件」も大歓迎だ。

 福島原発の問題は、相変わらず先が見えない。まさか事故発生時に管総理が「せいてせかんのやけど」という前置きを付けて指示を出したことが、問題が大きくなった原因じゃないでしょうね。

4087712958楽老抄(4)そのときはそのとき
田辺聖子
集英社 2009-06-05

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