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一寸先は光

 今回の震災では、日々平穏に暮らしていた多くの人が一瞬にして奈落の底に落とされた。「一寸先は闇」ということわざを再認識させられる出来事だった。関西に住む私は、震災のそのものの影響はまったく受けていないが、「一寸先は闇」は決して他人事ではない。明日はわが身である。たとえ地震が起こらなくても、自分や家族が交通事故に遭ったり、不治の病になったりするなど、何が起こるかわからない。

 しかし、「逆もまた真なり」ということばもある。一寸先に起こるかもしれないのは悪いことばかりではない。予想さえしていなかったいいことも起こりえるということだ。実際に、「一寸先は闇」の意味は「人間の運命は あすの事さえ全く予測出来ないものだということ(新明解国語辞典)」である。つまり、「一寸先は闇」は「一寸先は光」でもある。

 しかし、何も行動せずに光がやってくるとも思えない。そいうわけで、久しぶりにロト 6 を買ってみた。この 4 月から週 2 回抽選が行われることになったらしい。わくわくが週 2 回も楽しめる。光よ来い。

 問題は、1 等の 2 億が当たったときに、いくら寄付するかだ。最低でも、1 割の 2,000 万円くらいは寄付すべきだろうか。そんなことは、その時になってみないとわからないか。しかし、宝くじの高額当選者は、最終的に破産してるケースが多いというデータもあるようだから、とりあえず、欲しいものを買って、ちょっとした贅沢をしたら、残りは全額寄付してしまうのがいいのかもしれない。そうすれば、自分も破産せずに済むし、世の中のためにもなる。よし、そうしよう。

 プロ野球もいよいよ開幕。関東の球場では、平日のデーゲームが行われるなど、異例の開幕となった。今年のプロ野球はどんな感じになるんだろうと思っていたのだが、いざ始まってみると、やっぱりおもしろい。ジャイアンツは、9 対 2 でヤクルトに解消。阪神も広島に勝利。さぞかし、関西は盛り上がっていることだろう。そして、注目の楽天も見事に勝利。おめでとう。これから 1 年、がんばれ東北楽天ゴールデンイーグルス。東北に光を! 

蒸栗色の人生(オニキスとヤグルマギクと蒸栗色)

花屋でもらった花のプレゼント 先日、花屋からバースデーカードが届いていた。誕生日のプレゼントをくれるとのことだったので、ランチのついでに寄ってみた。それがこの花。店頭で、花の名前を忘れないように何度も暗唱したのに、ここに書こうと思ったら、もう思い出せない。わが家には、花瓶などというものはないので、PET ボトルで即席花瓶を作って飾る。

 本日 4 月 11 日をもって 51 歳になった。10 年を一区切りとすると、いよいよ人生の第 6 章に突入。この物語が何章まであるのかはわからないが、おだやかで楽しい章になればいいなと思う。

 ほかの人はどうか知らないが、私は自分が生まれた日の 11 という数字がついつい気になってしまう。たとえば、背番号 11 を付けた選手は応援したくなる。しかし、9.11 といい、3.11 といい、11 は近年どうもよろしくない数字になりつつある。近い将来、11 には是非とも名誉挽回してもらいたい。

 1 年の各月には、それぞれ誕生石というものがある。4 月の誕生石はダイアモンドだ。この各月の誕生石とは別に、366 日分の誕生日石というものがあることを最近知った。まさか色や花にもそういうものはないだろうと思って調べてみたら、誕生色や誕生花なるものも存在するらしい。51 年も生きているの、まだまだ知らないことだらけだ。

 4 月 11 日の誕生日石はオニキスらしい。石言葉は「遠からぬ成功」とのこと。4 月 11 日の誕生花は「ヤグルマギク」で、花ことばは「教育」だ。ふ~ん。花ことばって何なのか、よくわからないが・・・・・・。最後に、4 月 11 日の誕生色は蒸栗色(むしくりいろ)。こんな色らしい(誕生色の詳細は、誕生色辞典 366日の誕生色を参照)。

4月11日の誕生色
蒸栗色(むしくりいろ)

誕生色の特徴と色言葉

特徴:世事に通じた堅実な職人肌 色言葉:努力家・リアリスト・陽気

 こういう色は、これまであまり好きではなかったが、これがお前の誕生色だと言われると、すごくいい色に思えてくるから不思議だ。よし、わが人生の第 6 章のタイトルは「蒸栗色の人生」にしよう。いやいや、「オニキスとヤグルマギクと蒸栗色」のほうが『ジョゼと虎と魚たち』みたいでおしゃれだろうか。

 誕生色を簡単に調べられるブログパーツがあったのでここに貼ってみる。興味がある方は、自分の誕生色をチェックしてみてください。

間もなくプロ野球開幕

 間もなくプロ野球が開幕する。10 日ほど前は、あまり野球を見るというような気分ではなかったが、最近は「見たいような見たくないような微妙な気分」になってきた。ツイッターでも、「はやく野球が見たい」というつぶやきも増えてきた。セリーグは開幕時期についてすったもんだしたが、最終的に「世の中がそろそろ野球を見たいぞ」という雰囲気になるまで開幕時期を延期して大正解だった(というか、そうせざるをえなかったのだが)。

 今年のプロ野球は、4 月中は関東・東北でナイター自粛ということもあり、これまで経験したことがないようなシーズンになりそうだ。夏場は深刻な電力不足が懸念される中で、私が応援する読売ジャイアンツ(あまり大きな声では言いたく)がいちばん大きな影響を受けるだろう。こういうとき、昼間でも電気を必要とするドーム球場はミスター大ひんしゅくだ。これを機会に、屋根を取っ払って、野球の原点に帰ったらどうだろうか。野球はやっぱり青空の下、星空の下でやるものであり、室内スポーツではない。

 パリーグは特に応援しているチームがないので、是非楽天にがんばってほしい。阪神淡路大震災のときも、「がんばろう神戸」を合言葉にオリックスが優勝を果たした。こういうときは、不思議な力が働くものである。今年は楽天を優勝させてやりたい。

 関東では、計画停電を実施しないことになったらしいが、これから夏場に向けて大変だろうなあ。東京電力の消費電力量を表示してくれるこんなブログパーツを見つけた。

このブログパーツは、以下のサイトで入手できる。ブログをやっている人は表示してみたらどうでしょうか。

http://www.53pc.com/gadgets
  

ア~メマ~

 9 時過ぎに起床。よく寝た。こんな時間まで寝たのは久しぶりだ。そのあと「あさパラ」を見たりして、午前中はゆっくり過ごす。相変わらずテレビでは、震災関連の話題を取り上げている。震災が発生してもうすぐ 1 カ月だ。原発問題はますます悪化しているような感があるが、そういう状況にもだいぶ慣れてきた。感覚が麻痺してきているのかもしれない。本当は麻痺してはいけないんだろうけど・・・・・・。

 震災直後は、「不謹慎」ということばをスローガンに、自粛モードが大手を振っていた感があったが、徐々に「自粛を自粛」モードが勢力を拡大して、最近ではこちらのほうが完全に優位な立場にある。しかし、自粛モードも、自粛を自粛モードも、異常時モードである。自粛だとか自粛を自粛なんてことを誰もが意識しないで生活する本来の自動モードに戻ることがいちばんだ。震災直後に「不謹慎だ」といって騒いでいた人たちが、だれよりも早く自動モードに戻っていたりして。

 午後は、昼ごはんを早めに食べてアステ川西に出かける。3 月 30 日から 4 月 10 日まで川西で「間寛平アースマラソン展」が開催されているのだが、このイベントの一環として行われる間寛平トークショーを見に行くためだ。13 時から開始ということで、少し早めの 12:40 ごろに到着したのだが、すでに黒山の人だかり。3 時間も前から席を取っていた人がいたとのこと。

 仕方がないので、後方の立見席で寛平さんの登場を待つ。13 時ちょうどに寛平ちゃんが登場。「川西ってこんなにようけ人おったん?」のことばに、場内がどっと沸く。間近で見る寛平ちゃんはテレビで見るのとまったく変わらなかった。生の寛平ちゃんを見て、生ア~メマ~も聞けて今日は大満足。しかし、人が多過ぎて暑かったため 10 分ほどで帰る。

 帰りに、西友に寄ってハイボールとつまみのうま塩ラー油豆を購入。ささやかな自動モードの消費活動を行う。


間寛平アースマラソントークショー間寛平アースマラソン展の一環としてアステ川西で開催された間寛平トークショー

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せいてせかん

 震災後、仕事が大幅に減るのではないかと心配していたのだが、今のところ震災前と変わらないペースで仕事が来ている。むしろ、急ぎで難しい仕事が多くなり、ここ 1 カ月ほど、ずっと「急かされてる」感があった。昨日、急ぎの案件を納品して、ちょっと一息ついたところである。仕事がなくなったり激減したりして、大変な思いをしている人がいることを考えたら、とてもありがたいことである。この先どうなるのか少し不安ではあるが。

 最近のマイブームは寝る前の読書。もっぱら田辺聖子さんのエッセイ集を読んでいる。その日の眠さの度合いに応じて、2 編から 5 編くらい、10 分から 30 分くらい読書を楽しんでいる。おせいさんのエッセイの特徴は、ところどころに関西弁や大阪弁の解説が盛り込まれていることだ。田辺さんの大阪弁講座はわかりやすくて、ためになる。

 今読んでいるのは『楽老抄 IV そのときはそのとき』。この本で紹介されていた大阪弁で、ふむふむと思ったのが「せいてせかん」ということば。聞いたことはあるが使ったことはない。大阪(関西)弁とはいっても、若い人が使うことばではない。使っても違和感がないのは、60 歳から 70 歳以上の生粋の関西人だろうか。

 「せいてせかんのやけど」とか「せいてせかん話やけど」などと言われたら、「急く」のか「急かない」のか、どっちだと思うかもしれないが、超要約してしまうと「急く」ということになるらしい。しかし、このことばの意味を正確に表そうとすると、恐ろしく説明的になるようである。

 これとよく似たことは翻訳でも経験する。1 つの英単語を正確に日本語に訳そうとすると、数行に渡る説明が必要になることがある。あまり説明的な訳文にすることもできないので、まだ日本語として定着していないカタカナ語を使ったり、意味がある程度近い日本語に置き換えたりしている。

 閑話休題。「せいてせかん」は「願わくは」という願望と相手への心くばりを込めたことばらしい。あえて標準語にするなら、「せいているようで、せいてはおりませんが、相なるべくは、せいて下さると、誠にありがたいのですが」になるとのこと。つまり、本音は「急いているのだけど、それをはっきり言ってしまうと身もふたもないので、ちょっと遠慮気味に言っているが、そこらあたりを察して、なるべく急いでくださいよ」だ。何と奥が深い言い回しだ。

 私はこの「せいてせかんのやけど」というフレーズを使ってみたくてうずうずしているのだが、たかだか関西在住 25 年の 50 歳の「若造」が使うには、ちょっと敷居が高い言い回しである。10 年後、いや 20 年後にはこのフレーズを違和感なく言える老人になりたい。しかし、そのころにはこのことばの真意を理解してくれる人がいくなっているかもしれない。いと悲し。

 この週末の予定は小さ目の仕事が 1 つ入っているだけである。願わくは、週末は少しゆっくり過ごし、また週明けから大き目の仕事に取り組みたい。もちろん「せいてせかん案件」も大歓迎だ。

 福島原発の問題は、相変わらず先が見えない。まさか事故発生時に管総理が「せいてせかんのやけど」という前置きを付けて指示を出したことが、問題が大きくなった原因じゃないでしょうね。

4087712958楽老抄(4)そのときはそのとき
田辺聖子
集英社 2009-06-05

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